+++ 遠い記憶 +++

 一日遅れで、お墓参りに行ってきた。父方のお墓は車で40分程の隣町にある。父の一番上の兄、所謂本家があるから。

 父方の祖父母は、10歳の時に亡くなった。記憶の中の祖父は、半身不随で寝たきり、意思の疎通もままならなかった。
 祖父は昔の人にしては大柄で、昔の人にしても小柄な祖母が、ずっと世話をし続けていた。
 最初に祖父が入院し、看病をしていた祖母も同じ病室で入院するようになった。 祖父が亡くなって一月もしないうちに、後を追うように祖母も亡くなった。

 入院していた病院は、歩いて行ける程の距離だったので、よく見舞っていた。 当時は見舞うというより、末孫に甘い祖母に会いに行っていたようなものだった。
 祖父が亡くなった時、死を理解する事が出来なかった。多分殆どコミュニケーションを取れなかった祖父には、 それほど懐いていなかったんだろう。祖父が亡くなってからも、良く祖母の病室に通っていた。

 ある日、いつものように学校帰りに病室へ行くと、そこはもぬけの殻だった。 看護婦さんに聞くともう帰ったといったようなことを言われた。
 退院したんだ、また元気になったんだと、喜び勇んで病院のすぐ側の祖母の自宅へ向かった。
 玄関には沢山の靴があり、居間には親戚の伯父伯母が集まっていた。奥の部屋では、祖母がもう醒めることのない眠りについていた。

 10歳の私は、祖母が元気になった喜びから、永遠に失ってしまった悲しみへ一気に引き摺り下ろされた。
 祖父の時には理解できなかった死を、そのときやっと理解した。
 同時に、こんな悲しみの席で、伯父達がお酒を飲んで笑いあっている事が理解できなかった。
 私に気付いた伯母達が中に入るように声を掛けてきた。玄関で立ちすくんでいた私はその言葉で我に返り、 何か暴言を吐いて逃げるように立ち去った。
 ランドセルを背負ったまま暗くなるまで家に帰らなかった。心配していた母に叱られたけど、何を言われたかは憶えていない。

 伯父達は、寝たきりだった祖父に献身的に尽くし、その祖父が亡くなってやっと肩の荷を下ろして、そっと後を追うように天寿を全うした祖母を想い、 お酒を酌み交わしながら思い出話をしていたんだろう。当時の私には、理解できなかった。
 毎年お墓に向かうたび、あのときの光景が鮮明に思い出される。
 故人を偲ぶ席で子供っぽい癇癪を起こした私を、祖父母は見ていただろうか。

 あの頃、学校帰りに寄ってはその日あった事をとりとめもなく祖母に話していた。 祖母は、必ず私の好きだったお菓子を用意して待っていてくれた。
 今は私が祖父母の為にお菓子を用意して、毎年手を合わせている。
 祖父母と同じ場所に行ったら、あのときの非礼を詫びたい。子供だった私はもう居ないけど、きっと私だと判ってくれると思う。


wrote 2002/8/16
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